新型コロナウイルス感染拡大のなかでフィールドワークを続ける:パキスタンにおける農村調査—その2—

2020年11月16日

賀川 恵理香(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科/日本学術振興会特別研究員DC1、南アジア地域研究)

「コロナ!」に対峙した話
日本の友人たちに対して、私が未だにパキスタンで調査を続けているという話をすると、差別にはあわないのか、と聞かれることが多い。差別と一口にいってもそこには様々なレヴェルがあるはずで、一概に差別された/されていない、と言い切ることは難しいものである。そのうえで、私が調査村(厳密には調査村に隣接する別の村)において経験した出来事を記したい。以下、フィールドメモの抜粋であるが、必要に応じて修正・加筆を行っている。

4月18日(国内感染者数7638件)、調査村に隣接する村に住む知り合いの女性M(19歳未婚女性)に会いに行った。調査村には昨年9月から滞在しているものの、隣村に行ったことはほとんどない。M宅での用事を済ませ、家に帰る時、Mの母Sが送ってくれることになった。Sと調査村に向けて一緒に歩いていると、村はずれの空き地でクリケットをして遊んでいた十人程度の少年たちに、「コロナウイルス!コロナウイルス!」と声をかけられた。

Sに対して「誰がコロナウイルスって言った?」と聞くと、Sはわからない、というように首を振って先に進もうとした。しかし、数日前にも彼らからコロナに関する言いがかりをつけられていた私は我慢ならず、「誰がコロナって言った?恥ずかしいと思わないの?」と言いながら彼らの下に歩み寄った。何度か聞くも、誰も答えず、にやにやとしている。挙句の果てには、その中にいた年長者の青年が、「コロナウイルスって何?俺知らない」と答える始末。

私「コロナって何か知らないの?」
青年「知らない。というか、コロナって言うことは何か罪(gunah:宗教的な罪の意で使われることが多い)に当たるのか?じゃあニュースで毎日コロナって言っているのは罪なのか?」
私「コロナと言うことは罪ではない。私に向かってそれを言うことが罪なの。」

その後も問答が続いたあと、私はとりあえず証拠になるものを、と思って持っていたスマホで彼らのビデオを撮影しはじめた。すると、青年もスマホを取り出し、写真を撮る仕草をした。それを見て私は「やめなさいよ」と言って止めたが、青年は「お前が先に撮ったんだろ。だから俺も撮ってんだよ。」と応戦。私がビデオを撮るのをやめて、青年に、「スマホ出して、さっきのビデオ消しな」と言うと、青年は「俺はそこまで恥知らずじゃない。本当はビデオを撮ってない」と言って、写真フォルダを開いて見せてくれた。

彼らと話していても埒が明かない、と思った私は「あんたたちの親に会わせて。いまから家に行こう。」と言って、青年の家に向かうことにした。青年は「俺はコロナって言ってない。家に行ってどうするんだ。」と聞くので、「本当に言ってないの?じゃあ誰が言ったの?」と聞くとそれには答えない。家は空き地の目の前だったのですぐに着いた。家の中から出てきたのは青年の姉だという女性だった。

私は空地で起こったことを説明して、「子供たちが私に対してbad-tamīzī(無分別、不品行、よくないことの意)をした。子供たちにちゃんと言い聞かせてやってください」と言った。するとそれに対して、青年が今度は「bad- tamīzīなんかしていない。コロナって言っただけだ。」と口をはさんでくる。

青年「子供たちなんだから仕方ないだろ。悪いこともいいこともわからないんだから。コロナって言ったくらいくらい許してやれよ。」
私「それはわかるし、今回のことは許すけど、でも子供が悪いことをしたら、ちゃんと叱らないとでしょ。」
青年「じゃあ叱れよ。子供のところへ行ってさ。」

そう言われて、私は青年の家から空地へ移動した。子供たち一人一人に対して、「こうすることはよくない。この先しないと言ってみなさい。ほら。」と促して、みんなから「言いません」という返事を得た。これで一件落着と思いきや、青年さらに口をはさむ。

青年「子供なんだから、この先も同じことを何度もするよ。」
私「じゃあどうしたらいいの?同じことをされたら?」
青年「そのたびに許してやりな。」
私「そのたびに叱るべきでしょ。そもそも子供だから何してもいいっていうのが間違ってる。じゃあ子供が人に死ねって言って、それも許されるの?」
青年「そんなの許されるわけないだろ。」
私「そうでしょ、そんなことあったら叱るべきでしょ。」

このやり取りをしているうちに、これまで静観していたSが、他の子供たちの親を連れて空地に来ていた。親たちは口々に「これはよくないことをした。」と言っていたので、事態は把握しているようだった。Sに促されて隣村を去ろうとすると、少年たちがまた何かを言った(私は聞き取れなかった)。それに対してSがすごい勢いで罵詈雑言をまくしたてた。村に帰る途中、私が「いいことしたでしょ」と言うとSはそれに同意して、「石をぶつけてやればよかったんだ」と言った。

その後、調査村に帰ってきてから、その1で出てきた友人K(22歳未婚女性)のもとへ行った。Kの母Eはカーストを超えて人付き合いをしており、周囲からの信頼も厚い(村ではカーストによる排他性が強い)。Kの家に入ると、中庭にKとE、そしてKの父方祖母Bと、客人女性2人がチャールパーイー(編み込み式ベッド)の上に座っているのが見えた(パキスタンの農村部の家では、家の敷地内に入ってすぐ中庭があるのが特徴的である)。家に入るなり、私は「バージー(お姉さんの意、ここではEに対する呼称として使われている)、私、けんかしてきたの!」と笑いながら言った。

すると、Eはとても神妙な顔をして、「どうしたの?何があった?」と聞いてきた。私が一部始終を説明すると、KとEはとても怒り始めた。ビデオを見せて、例の青年が親戚の子供だということが判明すると、さらに怒りが湧いたようだった。あんまりにも怒っているので、私が「そうやって私のために怒ってくれてありがとうございます」と言うと、「いや、これだけじゃないよ、明日少年たちの家に苦情を言いに行ってくる!」とEが言った。これには私も驚いて、「え、苦情?」と返した。すると、「悪いことをしたんだから、ちゃんと言い聞かせないと。」とのこと。「じゃあ、私も行って良いですか?」と聞くと、「いや、お前はいない方がいい。私が1人で行ってくるから。」とE。まさかそこまで深刻に捉えてくれるとは……と私が感じ入っていると、Eが別の話を始めた。

E「この前、C(ヒンドゥー教からイスラーム教に改宗したカーストに属する50代の女性、人々の家で掃除や牛の糞処理をして賃金を得ている。私も中庭の掃除をお願いしている。KとEはCに甘いミルクティーであるチャエや、ご飯をよく振舞っている。)が村の中を歩いていたら、Wの家の子供が、Cに向かってコロナコロナって言ったんだ。」
K「それを聞いて、私はまっさきにWの家へ行って、子供のことを叱った。とても悪いことだから。叱らなきゃだめよ。」
私「でもなんで、Cに対して言うんですか?私は外国人だから言う理由になるけど、Cには言う理由がないじゃない。」
E「わかって、からかっているんだよ。bad-tamīz(ひどい、の意)。」

苦情を言いに行く云々もびっくりしたが、Cがそんな扱いを受けていることにも驚いた。仕事柄、いろんな家に行っていろんな人と接するため、比較的感染の危険性は高いといえるかもしれない。しかし、村の人もマスクをしたり接触を避けたりしているわけではない。おそらくそういう問題ではないようだ。詳しくは聞けなかったが、Cのカーストのことが関係しているような気がしてならなかった。

その後、Eは本当に苦情を言いに行ってくれたようで、もうこの先このようなことは起こらないよ、と言ってくれた。そのおかげか、それ以降現在に至るまで調査村全域でインタビュー調査を行っているが、少なくとも新型コロナウイルスに関することで何か言いがかりをつけられたことはない。この意味においても、新型コロナウイルスの感染が拡大するなかでフィールドワークを行う上で、私は恵まれた状況にあったといえるだろう。

そして、現在
これまで、パキスタンにおいて新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた時期を中心に、私の個人的な経験に焦点を当てて描いてきた。その後のパキスタンでは、6月末に感染者数がピークに達し、それ以降は徐々にではあるが落ち着いてきている状況である。その1で記述した午後10時台のアザーンも、連日の説教も、2020年9月現在は流れていない。

そもそも調査村には感染者もおらず、一部では、「新型コロナウイルスなんてものはない、すべて政府の陰謀だ」と語られる有り様である。調査村の住民で、村内においてマスクを着用する人はピーク前後を含めても見たことがない。都市部ではまだマスクを着用している人は多いが、それでもピーク時に比べるとかなり減ったとのことである。

少なくとも村内では、ウイルスの感染拡大前の平穏が戻ったように感じている。一時期は避ける人も多かった、挨拶の時のハグも今では普通にしているし、村の近隣の町のバーザールも営業を再開している。バーザールでは、政府の規定に沿ってマスクをしていないと入れません、という張り紙をしている店が多いが、店員を含めて実際にマスクをしている人はかなり少ない。

図 10 近隣の町のバーザールの店舗に張られた張り紙 2020年7月27日 筆者撮影
図 11 近隣の町のバーザールの店舗に張られた張り紙。綴りを一度間違えたのであろうか
2020年7月27日 筆者撮影

村内において人と話しているときにも、ウイルスのことはあまり話題に上がらない。上がったとしても、「もうパキスタンにはコロナはない。我々の国はṣāf、清潔だ。」と語られることが多い。テレビでは11月頃に再び感染が拡大するだろうとも言われているが、現在の終息ムードはいったいいつまで続くのであろうか。私が帰国を予定している2020年12月には、どのような状況が待っているのであろうか。今後も状況を注視しながら、十分に気を付けて過ごしていきたい。

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