2026年4月号

フィールドで、布を織るとはどんなことかを考える

伊藤 渚 (総合研究大学院大学 文化科学研究科 博士後期課程満期退学)

専門:人類学、フィールド:ラオス

私のフィールドは、ラオス人民共和国の東北部に位置するフアパン県の南部です。ここは、東南アジアの大陸部山塊の一角で、人々は谷間の水田と山の斜面の焼畑地で米を栽培し、家畜を飼い、山野から食べ物や、交易品を採集して生活してきました。写真は、フィールドの村で撮らせてもらった自家用の布の写真です。2本紋綜絖(もんぞうこう)1) の緯浮織(よこうきおり)2) で織られたこの布は、仕立てて子供用の御包にしたり寝所の入口の目隠しにしたりして使われます。

通称サムヌアと呼ばれるこの地域のタイ系民族の女性たちは、人々をして「織物をする血が流れている」と言わしめるほどで、ここは織物生産が盛んなことで有名な地域です。その言われに嘘はなく、私が調査してきた地域のタイ系民族の女性たちは、性格や嗜好にかかわらず、みな織物生産に関わった経験があり、2010年代には、ラオスのナショナルドレスと言っても過言ではない、民族衣装シンの供給地にもなっていました。

ですが、写真の布は、コレクターが求める精緻な布でも商品でもなく、村の女性が自分の家族のために織った布です。彼女は、ひとつひとつの紋様について教えてくれる中で、布下部(画像右)の頭部を欠いた人らしき紋様を指差すと、「この男性はね、ちょっと間違えて、頭がなくなってしまったの」(※)と言って笑いました。高く売れる精緻な織りの布には用いられない、紋綜絖2本で即興的に紋様を織り出す技法で制作された布だから起きたことです。

思い出すのは、2010年代初頭、役所で、ある女性職員と話した時のことです。私が織物の調査に来たと話し、「織物は重要な収入源だけど…」と言うと、彼女は私の言葉を遮って言いました。「織物は売るためにするんじゃない。織って着るためにするのよ」と。

以来、私は、調査中も、データを整理している時も、人々にとって布を織るとは一体どんなことなんだろうと考え続けています。

※拡大図

註:
1)  紋様を織りだすために経糸(たていと)を上げ下げする仕掛け。
2)  平織組織の緯糸(よこいと)の間に別の糸を織り込んで紋様を織りだす技法。

撮影フィールド

ラオス人民民主共和国・フアパン県