
世界のフィールドから
From "Fields" around the World
2026年5月号
参与のきっかけからはじまる、関係への応答としてのフィールドワーク
閻美輪 (東京大学大学院総合文化研究科)
専門:移民・移住、日常実践、フィールド:日本/首都圏
日本で暮らす中国出身の移住者と呼ばれる人々は、私の研究協力者であり、同時に私自身もその一員である。近年、私を強く惹きつけているのは、昼は学生や社会人として過ごす彼・彼女らが、夜になると都内の片隅に集い、日常を笑いへと昇華させるスタンダップ・コメディの実践である。
ある夜、私は観客として訪れた「華人のリビングルームのような空間をつくりたい」という理念のもとに生まれた小さなバーで、思いがけず舞台に立つことになった。研究の行き詰まりのなかで書いた稚拙な原稿を手に、友人たちの励ましに背中を押されてマイクを握る。低く流れるBGM、柔らかくも熱を帯びた照明、掌に伝わるわずかな重み。観客のざわめきが静まり、自らの言葉を発した瞬間、場の空気が微かに振動した。
わずか数分の出来事にすぎなかったが、観ることと演じることのあいだに広がる裂け目に、微かな感触が身体の奥に残った。舞台を降りると、登壇経験をもつ友人たちが声をかけ、自然と「復盤」*が始まる。笑いの構成や感情の扱い、場の張りについて思いのほか真剣なやりとりが続いた。やがて帰りの電車での会話やSNSに綴られた言葉にも、共有した瞬間の昂揚と出会いの余韻が滲んでいた。そのとき、私の目に映る日常と人びとは、急に新しい光を纏い、鮮やかな律動をもって息づきはじめた。
参与という行為は、人を謙虚にさせる。
一度その場に入り関係のなかに身を置くと、もはや外側から無関心に観ることはできない。少しずつ関係に加わる過程で、自分と周囲との関わり方そのものが変わっていく。人びとはそれぞれの仕方でこちらを受け入れ、応じてくれる。その包容や共感、理解の深さに触れるたび、私は心を動かされ、感謝の念を抱く。
真摯さや謙虚さは学問的訓練によって身につくものではない。
誰かが心を開き関係を差し出してくれたとき、自分の内にも自然と応えたい気持ちが芽生え、いつしかその人たちの方へ引き寄せられていく。
註:
* 「復盤(フーパン/fùpán)」:中国語で囲碁や将棋の対局後に盤を「復(もう一度)」「盤(広げ直す)」ことから派生した語。そこから転じて、中国語圏では、出来事やパフォーマンスを当事者同士で言葉にしながら振り返り、構成や感情の流れを再配置していく行為を指す日常語として用いられる。本稿では、出来事の瞬間をもう一度テーブルに載せるように取り出し、笑いのタイミングや感情の揺れを共同で検証する実践――単なる「反省」や「講評」ではなく、経験を言語によって組み替えるプロセスとしての意味を込めて用いている。
撮影フィールド
日本・東京都新宿区
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