世界のフィールドから From "Fields" around the World

2026年6月号

記憶を積み上げる

前田夢子 (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

専門:アートの人類学、フィールド:セネガル

 1年半ぶりに会った親友は、ちょっぴり恥ずかしそうにはにかみながらキャップを脱いで「ドレッドを切ったんだよ」と言った。彼と知り合って以来、初めて見る彼の短い縮毛に「短いのも似合ってるよ」と答える。すると彼は、嬉しさと不服さを混ぜ合わせたような難しい表情で「でもまたドレッドにするんだ。その方がかっこいいだろ?」と返答した。
 彼はグラフィティをかく。グラフィティとは、壁にかかれる絵や文字、あるいはその行為実践の総称である。親友である彼は、グラフィティの制作で生計を立てたり、別の仕事をして暮らしたりする。仕事に合わせて、あるいは「良い壁」を探して軽やかにセネガル国内を移動する。
 そんな彼は、ここしばらく首都ダカールにあるギャラリーで働いているようだった。ギャラリーで働く間は、そこの近くに住むという。

 ある日、彼の新居に遊びに行った。一人掛けのソファに私と彼、大人二人がぎちぎちになって座り、ぼうっと夕暮れの空を見る。
 彼がなんてこともないように口を開く。

 「多分もうじき雨が降るよ」
 「今日変な天気だったもんね。犠牲祭前に降るかな?」
 「ダカールのことはよくわからないけど、6月に入ったら降るんじゃないかな」

 彼の地元はセネガル南部に位置するカザマンスという地域で、ダカールと気候が異なる。彼によると、カザマンスでは5月の中旬には雨季が訪れるという。
 ぽつりぽつりと、他愛のない会話を進めていくなかで、私は静かに感慨に浸っていた。いつの間にか、身体に感じる風の冷たさで雨季の到来を予測できるようになっていたこと。そしてそれを、現地の言葉で伝えられるようになっていたこと。私の身体に宿る知識や感覚、それらはすべて、この国で出会った人たちとの関係性のなかで学び、積み上げられてきたものなのだ。
 これから会う友人たち、そして、もう会えなくなってしまった人たちを思いながら、雨の気配を載せた風を感じていた。

撮影フィールド

セネガル・ダカール州