世界のフィールドから From "Fields" around the World
2024年11月号
フィールドは自転車で
勝俣芳月 (東京外国語大学大学院総合国際学研究科)
専門:音声学・音韻論、フィールド:琉球地方
調査協力者との待ち合わせ場所は、宿泊地からおよそ6 kmの地点でした。バスもありましたが、土地の空気を肌で感じたいと思い、貸自転車を利用して行くことにしました。筆者は沖縄に縁があり、ここらの通りには見覚えがあるものの、いつもは親や親戚の車に同乗して窓越しに流れる風景を眺めるばかりでしたから、自ら道を進むのは初めてでした。
漕ぎ出すと、少し熱を含んだ空気が顔や腕を触り、奇妙な心地よさを得ました。しかし1 kmほど進んだところ、交差点の赤信号で停車した瞬間、ジワッ!と一気に体が湿りました。汗です。一時停止し風を受けなくなったことで急に人体が「暑さ」を捉えたのです。(バスに乗るべきだったか……?)早くも少し後悔しました。沖縄では自転車に乗る人は稀なようです──暑いからでしょう。大部分の大人は冷房を効かせた「車」で移動するのです。たいへん合理的なことです。私のようにカゴの中のさんぴん茶のペットボトルとおそろいで汗びっしょりになって、局所的に色が濃くなったTシャツを着て自転車を漕ぐなんて非合理なことはしないのです。
とはいえ、気まぐれに寄り道できる自由度の高さは、やはり自転車の強みでしょう。表通りから一本入った、(たぶん)昔ながらの街並みを通れば、現地の人々の営みが感じられます。寄り道しながら道を進んでいると、途端に視界が開けました。淡くなった空の下、車の長い影が「58号線」に次々流れていきます。ここからあと2 km、坂の下の遠くに光るネオンめがけて一直線です。全身に感じる速度と風が、汗と疲労感を吹っ飛ばします。やがて目的地近くに到着。ステーションに自転車を返したあと、目の前の歩道橋に上りました。広い道路のむこう、沈む太陽が目に刺さり、通り沿いのネオンが存在感を増していました。それからは、調査協力者の方を待ちながらミントチョコのアイスを頂き、溜まった疲労と火照りをすすぎました。
撮影フィールド
沖縄県
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