世界のフィールドから From "Fields" around the World

2025年1月号

ハリルおじさん

今城尚彦 (東京外国語大学大学院総合国際学研究科)

専門:文化人類学、フィールド:トルコ共和国

彼は、筆者が世話になったウラシュという友人の父親である。博物館に勤めるウラシュは考古学の修士号も持っていて町では尊敬される人物だ。そんな彼の父親であるハリルは、大酒飲みで有名だった。今は医者に止められ、毎日飲んだくれるのはやめている。

だが悲しい時やめでたい時はたまらず飲むのだそうだ。ウラシュ曰く、ある日父親が飲んだくれて帰宅した。泣いている。「父さんどうしたんだ」と聞くと、彼は「みんながな、お前の息子はアルコリキ(alkolik;アル中)だと言うんだ」と答えた。商店街で一緒に茶を飲んでいた某がウラシュのことを馬鹿にしたらしい。

翌日、彼はさっそくその人に事情を聞いた。曰く、「ああ、そうそう。知り合いが町を訪ねて来てたので、隣にいたハリルとお前の話をしたんだよ。だけど『ハリルの息子は博物館でアルコログ(arkeolog;考古学専任職員)をしてる』と言ったら急にハリルが怒りはじめてね。『俺の息子をアルコリキ(アル中)とか言うな!』って。誤解だと言っても聞かないんだ、困ったもんだ」

筆者はハリルおじさんと一度だけ会ったことがある。調査中に迎えた元日の朝だった。年越しホームパーティの帰り、どうせなら初日の出も見ようと思い立ち、町の西にある小高い丘に歩き出した。凍てつく寒さと野犬の吠え声に心細くなった頃、二人乗りの電動バイクとすれ違った。

しばらくするとバイクが戻ってきた。「丘に行くのか?」と聞くので乗せてもらうことにした。無言の時間が続いた後、運転席の男性が「君は日本人か」「私はウラシュの父だ」と言った。ああ、あなたがハリルおじさんですね!

あっという間に丘に着いた。町で一番好きな景色から見る初日の出は、それはそれは見事だった。筆者が夢中で写真を撮っていると、背後から「プシュ」という小気味いい音が聞こえた。タバコをふかしたハリルおじさんが、バイクに身をもたせながらビールを一缶開けていた。

撮影フィールド

トルコ共和国ネヴシェヒル県ハジュベクタシュ郡

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