
世界のフィールドから
From "Fields" around the World
2025年10月号
メディナを歩く
石明美 (早稲田大学大学院文学研究科)
専門:文化人類学、フィールド:モロッコ
「もうすっかりマラケシーヤ(マラケシュっ子)だね」。ある日、モロッコ人の友人をつれてメディナをずんずん歩いていた時に、そう言われた。マラケシュをはじめとするモロッコの都市には、「メディナ」と呼ばれる壁に囲まれた旧市街がある。細く入り組んだ路地や似通った建築物、外観における情報の少なさなどが特徴で、観光客はもちろん、場所によっては地元の人すら道に迷うことがあるという。
2023年の夏、このメディナを拠点にフィールドワークを始めた。調査拠点であるアーティストのアトリエに通うため、携帯の地図アプリに頼りながら、立ち止まっては現在地を確認することを繰り返した。調査を重ねた現在では、メディナの構造を感覚的に把握できるようになり、周囲の雰囲気や並ぶお店を手がかりに、道を選ぶことができる。しかしそれは、単に歩く回数を重ねたからではない。
いつも同じ場所で日向ぼっこをしている車椅子のおばあさんと挨拶を交わすこと、絨毯屋のおじさんにお茶をしないかとしつこく誘われては断ること、道端で遊ぶ子供たちにカタコトの日本語や中国語を投げかけられては無視すること、服屋で働くお兄さんに身だしなみチェックをされ足止めをくらうこと。最初は戸惑うことばかりだったが、いつの間にか、そうしたやりとりが「メディナを歩く」ことになっていた。時間が経っても、彼らは「私」という個人をちゃんと覚えてくれている。観光客がひっきりなしに訪れる場所で、わざわざ顔を覚えて、声をかけてくれるのだ。それは、道を覚えること以上に、私に方向感覚を与えてくれる。「ここを曲がると、あの人がいる」。すると、メディナの風景が少しずつ頭の中でつながり、無機質な地図アプリではわからない、「メディアを歩く」地図ができていく。
「マラケシーヤだね」と言われたとき、それは冗談めいていながらも、どこか腑に落ちるものであった。もしかしたら「メディナを歩く」地図の中に、私自身の存在もまた刻まれつつあるのかもしれない。
撮影フィールド
モロッコ・マラケシュ
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