世界のフィールドから From "Fields" around the World

2025年12月号

畑で出会った名工

森本美緒 (早稲田大学大学院アジア太平洋研究科)

専門:国際教育開発学・比較教育学、フィールド:インド/ナガランド州

おばさんは、おもむろに日干し中の薪を一つ手に取り、ナイフを器用に振るって削っていく。ガッ、ガッ、ガッ。ナイフとは反対の手で薪を回しながら、持ち手として使い心地が良いように表面のバランスを取りつつ削る。そして、鍬の金具をはめ、サイズが合っているか確認しながら調整する。おばさんの手際の良さに魅了され、ただただ私は無言で作業の様子を見守る。あっという間に鍬の柄が完成する。

この出来事は、私が滞在した村の畑で、農作業に参加していたときのことである。多くの村人にとって、農業は生活の中心だ。そのため、私は村人の生活世界を理解したく、機会を見つけては農作業に参加していた。そんなある日の作業中に突然、私の鍬の柄が割れて使いものにならなくなってしまった。すると、隣の畑で作業していたおばさんが、即座に修理してくれた。

私が長年暮らす東京都心部では、足りないもの・必要なことがあれば実店舗やインターネットを通して容易に手に入れることができる。それゆえ、私は物が壊れたときに自力で直そうという発想に乏しい。柄が割れたときもどうしようもないなぁとすぐに諦めた。そのため、今ここにあるものを活用して自力でなんとかするおばさんの閃きとそれを可能にする技術は、私の心にガツンと刺さった。

後日、おばさんは薪や余っていたビニールシートを組み合わせ、畑に雨風日差しをしのぐ簡易的な休憩用の小屋をも作り上げた。小屋には椅子代わりの大きな薪と、石を積み上げてできた竈が備え付けられていた。畑の中のダイニングキッチンである。一体何を作るのか、おばさんの次回作が楽しみになった。

新しい鍬の柄は、元々の市販の柄に比べてデコボコで、正直に言うと私には少し持ちにくい。しかし、土を耕すには十分である。なによりも、割れたもの以上に愛着を感じる。ザクッ、ザクッ。ぐっと柄を握りしめ、鍬を畑の土に刺し込む。さぁ、農作業の再開である。

撮影フィールド

インド/ナガランド州

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