世界のフィールドから From "Fields" around the World

2026年2月号

木こり小屋から

中本舜 (メキシコ国立自治大学メソアメリカ研究科)

専門:言語学、オトマンゲ諸語、フィールド:メキシコ、メソアメリカ

チナンテク語コマルテペク方言の辞書編纂にあたって植物語彙の記録を始め、最初に出会ったのがマツだった。日本のマツをよく知るでもない。アカマツ、クロマツ、カラマツ、エゾマツ、ハイマツ……名前に覚えがあるだけでよく知らないものもある。世界的に先住民族が森林保全と生物多様性の保護に大きな役割を果たしていることが知られているが、植生にかんする知識の蓄積というのはその核心に違いない。

「ッマクーキンクーコーッ」「ッマクーユーン」「ッマクーニッ」声が響き渡る。樹高、枝のつき方、樹皮の様子、葉の数、松かさの形や大きさ、分布などからこの地域に生息する12種類のマツを一瞬で見分け、チナンテク語名を述べ、タブレットに数字で記録する。木の高さと直径、病気の有無、サンプルとなる木の年輪の数、周囲の樹木の数と大きさ、土壌の状態などを報告し、同じくタブレットに記録する。コマルテペク村が林業を営むには、8年ごとに森林の状態と木の生育状況を調査し、伐採と植林の計画を立て、環境天然資源省に報告し許可を得なくてはならない。この調査は数ヶ月にわたり、村人や生物学、森林科学の学生などを募って行われる。

調査は、森に点在する木こり小屋のどれかに詰めて、週6日早朝から正午過ぎにかけて行う。午後は深く霧が立ち込めて、雨が降ることも多く、調査には適さない。木こり小屋は村から遠いため、週に1度主食のトルティージャや豆、卵、香辛料、香草、コーヒー豆、塩、砂糖、油などを補給する。電気・ガス・水道はなく、調査のあとに薪を背負って戻り、水を汲みに行くのが日課となる。煮炊きは早朝と午後の2回で、雨が降っていなければ屋外で焚き火を囲む。標本を乾かし、名称を聞き直し、写真や動画のバックアップを取り、調査のメタデータを記録し、分類学の勉強をし、などと考えているうちに、誰かがハーブを摘んで帰ってくる。疲労回復に役立つというリグジー(野生のローリエ)とテー(野生のミント)を煮出して飲むと、あっという間に眠気に襲われ、次の朝までぐっすり眠ってしまうのであった。

撮影フィールド

メキシコ合衆国 オアハカ州 サンティアゴ・コマルテペク郡 ルトゥフムー