足達太郎(東京農業大学、応用昆虫学・作物保護学) 「生きるためのフィールドワーク:アフリカ・農学・昆虫学」
農学・昆虫学分野でのアフリカにおけるフィールドワークの歴史をひもとくと、文部省(現文科省)科学研究費による研究者主体のボトムアップ型研究と、農林省(現農水省)や外務省、OTCA(現JICA)などと在アフリカの国際研究機関や各国政府との協力のもとにおこなわれる行政主導のトップダウン型研究というふたつの系譜がある。さらに前者については、1960年代の大規模な「調査隊」スタイルから1970年代以降の個別の研究者による短期訪問型や長期滞在型調査への変遷がみられる。こうした研究におけるイニシアチブやスタイルのちがいは、研究の内容にも大きな影響をおよぼしている。演者はまた、2023年8月にガーナ北西部でおこなったフィールドワークのさなかに新型コロナウイルス感染症を発症し、5日間自己隔離をおこなうという事態に遭遇した。この経験をとおしてかんがえたフィールドワークの日常性と非日常性について、参加者のみなさんと意見を交換したい。
近藤康久(総合地球環境学研究所、アラビアの公庫地理学・科学と社会の関係) 「Archaeologistics: オマーンにおける考古学調査のロジスティクスとコロナ禍」
海外における考古学の調査には、調査を所管する現地当局との良好な関係構築が欠かせない。調査許可だけでなく、航空券、宿舎、車両(運転手)、現地作業員、機材の手配とマネジメント、トラブルシューティングを含めたロジスティクス(略してロジ)は、調査を円滑に実施する上で極めて重要である。演者は2007年よりオマーンでの考古学調査を行なっており、特に2013年以降は調査団長として調査団のロジを担ってきた。2020年初旬からのコロナ禍により、2年にわたって現地調査を見送らざるを得なかった。2022年末に3年ぶりに現地を訪問したところ、ロジの基本は変わらなかったが、現地当局の組織再編や人事異動などの事情により、人間関係を再構築しなければならなかった。本セッションを、暗黙知になりがちなロジの経験を共有・継承する機会としたい。
早川裕弌(北海道大学、地形学・地考古学・空間情報・環境地理) 「フィールドワークとリモートワークがつながる未来?」
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フィールドワークに対するコロナ禍の功罪は何だったのか。コロナ禍で海外調査は多くのケースで軒並み消滅したが、報告者の場合、国内調査はむしろ増加した。海外への移動制約が解除されるにつれ、フィールド調査の日程は過密さを増している。一方、リモートワークの拡大により、どこにいても会議や授業、ゼミに参加できるようにもなった。たとえば現場にいながらゼミ発表を議論するということが容易になり、場所にとらわれない点で利便性は明らかに向上した。しかし、過密日程のなかでさらに仕事の濃度を上げているこ とは、単純に良い側面だけでもないだろう。一期一会のリアルを大切にしつつ、現場とリモートのバランスを保ち、相互作用を促していきたい。
藤田護(慶應義塾大学、ラテンアメリカ地域研究・アンデス人類学) 「コロナ禍を経てアンデス先住民言語の調査を続ける」
わたしは南アメリカのアンデス高地、特にボリビアの行政上の首都ラパスの街の周辺の農村で、その地域の先住民言語として話されるアイマラ語や、アイマラ語と接触しその影響を受けたスペイン語を話す人たちと一緒に調査をしてきました。また、ラパスの街に拠点をおく先住民団体とも20年にわたって協働を続けてきています。基本的にフィールド調査が必要な私の研究にとって、2019年を最後に3年間現地に行くことができなくなったことは大きな痛手でしたが、コロナ禍を経てボリビアの状況や私の研究のしかたが新しく変わったこともあります。変わったことや変わらなかったことに着目しながら、調査について話してみたいと思います。
宮本万里(慶應義塾大学、南アジア地域研究・政治人類学) 「Covid-19とブータン:どこへ向かうのか?」
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2022年9月、およそ3年のブランクを経てブータンへ戻ることができた。コロナ禍以前の最後の訪問は2019年11月、ブータン中西部でヤクを追う牧畜民の冬の放牧地を訪ねていた。ブータンはその後2020年から国境を閉じ、隣国インドで猛威をふるうCovid-19の大波への防御を固めた。その間に、「コロナとの戦い」を率いた国王が存在感を増し、失業者や公務員はより良い機会を求めて次々と海を渡った。そして2022年9月、政府はおそらく世界一高い観光税とともに、旅行者の受け入れを再開した。コロナ一過で生起した大きな社会変化 と、村落での変わらぬ暮らしの間を考えてみたい。
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